多様性の敵は、同調圧力的な共感であるなら、田舎は滅びるのでは。

最近、ダイバーシティと一般的にも言われる事が増えたように感じる。

また、多様性が大事だ!なんて言われる事も増えてきているように思う。

先日みていた動画で多様性の敵は、共感だと言う話を聞いた。


特に同調圧力による共感。

SNSで共感を得るために、良いね!を貰いやすい投稿をする同調圧力的な感じ。

同調圧力が強まるという事は多様性を抑える方向になるという趣旨だった。



果たして多様性は必要なのだろうか?という問いには、

「進化の為には多様性は欠かせないモノで、新たな多様性が進化を促進してきた」

というような回答が使われる事が多いように感じる。

僕はその通りかな~と思う。

外れ値があるとそこに合わせて全体が広がるので、ポートフォリオ的に増えるみたいな。



時に、田舎においては共感を求められるケースが多いように感じる。

「周りが誰もやってないから、自分だけがやるのはちょっと・・・」

「目立ったら何を言われるか分からないから、自分では出来ない・・・」

など、やっぱり一定程度、地域活性の仕事をしていると、言われる事もある。

自分が地元で農業をやっている時に、

JAから脱却して、株式会社化し、自社で販売を始めた人が居た。

親に会いたいので繋いでくれとお願いしたら、なぜか凄く怒られた経験がある。

お祝いパーティーに出席して、影では全否定しているってなんだ!?と。思った。


先程の、「多様性は進化であり、共感はその敵である」とした時に、

上記の同調圧力的な共感は、地域を滅ぼす悪しき習慣なのだと感じた。

挨拶もせずに島を出てきた僕は、同調圧力的な共感から何を言われているやら。

実際にそういった狭いコミュニティが嫌で田舎を出ましたという人は多いと思う。



では、同調圧力に負けずに自分を貫いたらええやん!と言いたくなるけど。

それって実は、すげぇパワーが要る事だったりするのだ。

そんな中で、

「コンサルが言ってるから仕方ないな~。」

「会議で決まったから仕方ないな~」

という理由を盾に、多様性を発揮して自分がやりたい事を形にして行く事もある。

そういう意味では役にたっているのかな~なんて思ったりもたまにするのだ。

また、そんな中から、多様性を発揮する人がチラホラと出始めて、

多様性を受け入れられる地域が徐々に形成されて来て、

進化への道を歩んで行くのでは無いかと思うのである。


外れ値の意見を盛大に盛り上げるフォロワーシップが大事なのだ。


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